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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)504号 決定 1987年12月08日

抗告人

甲野花子

右代理人弁護士

齋藤雅弘

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を東京地方裁判所八王子支部に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二一件記録によれば、抗告人は、昭和三七年五月一二日、父甲野太郎、母秋子の長女として生れたが、両親は昭和五七年一二月九日離婚したこと、父太郎は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により、昭和六〇年一二月一四日から昭和六一年三月六日まで、同年五月一六日から同年一〇月二〇日まで及び同年一一月二七日から昭和六二年二月一二日までの計三回にわたつて小平市所在の公立○○病院に入院したが、意識障害や失語症等の後遺症が生じ、このため、日常生活上の基本的な動作や生理的欲求に関する極く簡単な会話などができることを除いては、事理弁識能力を喪失するに至り、この状態の改善される見通しは立つていないこと、しかるところ、太郎の右入院期間中である昭和六一年九月二九日、小平市長に対し、夫婦の称する氏を乙川と定めた太郎と乙川春子との婚姻届けが提出されたこと、これを知つた抗告人は、右婚姻届出は乙川春子が太郎の心神喪失の常況に乗じて勝手に行つたものであるとして、右両名を被告として右届出にかかる婚姻の無効確認を求める訴訟を原審に提起するため、民訴法五六条の規定により太郎につき特別代理人の選任を求める本件申立てに及んだこと、これに対し、原審は、右のような場合には、太郎について禁治産宣告を申し立て、その宣告を得て後見人、後見監督人の選任等の手続をとるべきであつて、右民訴法の規定による特別代理人を選任する余地はないとして、本件申立てを却下したこと、が認められる。

三しかし、本件において、太郎が禁治産宣告を受けていないものの心神喪失の常況にある者であるならば、これを相手に右婚姻無効確認の訴えを提起する場合には、原審の説示するような手続をとることはもとより可能であるが、それのみに限定されるものではなく、民訴法五六条を準用して太郎のための特別代理人の選任を求めることもできるものと解すべきである。

右民訴法の規定は、禁治産者等の訴訟無能力者を相手に訴訟行為をなす場合、右無能力者の法定代理人がいないなどのため、民法による法定代理人等の選任を待つていたのでは、その選任に相当の日時を要するところから、遅滞による損害が生じることがあるので、当該訴訟限りの法定代理人としての特別代理人の選任を認め、これを相手に訴訟行為をなすことにより右の損害を防止する趣旨で定められているものであり、相手方が心神喪失の常況にありながらまだ禁治産宣告を受けていない場合にも、この制度の利用を認めるべきことは当然である。そして、同条は、もともと代理に親しまない離婚訴訟には適用がないと解されているが、婚姻の無効確認は、離婚のように一身専属的な身分行為そのものを目的としているわけではないし、また、その訴訟の性質上、常置機関である後見人又は後見監督人に訴訟追行をさせるのでなければ、当該相手方本人の保護に欠けることになるものとは考えられないから、同条の適用に関し、婚姻無効確認訴訟を離婚訴訟の場合と同列に取り扱うべき理由はない。

もし、本件の場合に同条の準用を認めないとすると、抗告人は、太郎について禁治産宣告の申立てをし、その宣告を得たうえ同人の法定代理人を相手として太郎に対する訴訟行為をなすほかないこととなるが、禁治産者については配偶者がその後見人となるものとされているところ、本件の場合、戸籍上は乙川春子が太郎の配偶者ではあるものの、抗告人はまさにその点を争つて婚姻無効確認の訴訟を提起しようとしているのであり、太郎の後見人の選任手続の段階において本訴における最大の争点についての判断が必要とされることとなり、それ自体とは解されないだけでなく、右後見人の選任、更には後見監督人の選任のために通常の場合以上の日時を要し、その結果、遅滞による損害が生じるおそれがあり、この点からも、民訴法五六条の準用を認めるのが相当である。

四以上の次第で、原審が前示の理由により抗告人の本件申立を不適法として却下したのは不当である。

よつて、原決定を取り消したうえ、本件申立ての理由の有無等につき改めて原審に判断させるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官鈴木敏之 裁判官滝澤孝臣)

別紙抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

との裁判並びに

二、申立人が原告となつて

本籍 東京都小平市○×町×△番地

住所 東京都小平市○×町××番地(郵便番号一八七)

乙川太郎

を被告として東京地方裁判所八王子支部に提起しようとする婚姻無効確認請求事件について、同人の特別代理人の選任を求める。

抗告の理由

一、原決定は、抗告人(申立人)主張の事実は認めながら、民事訴訟法第五六条の解釈として、本件に同条の類推適用による特別代理人の選任は認められないとしているが、原決定のかかる判断は同条の解釈適用を誤つたものである。

二、本件において民事訴訟法第五六条の類推適用をすべき解釈上の合理性及びその必要性があることは抗告人(申立人)の申立書の申立の理由記載のとおりであるが、さらに左の点を補充する。

1 即ち、原決定は本件の場合も、訴訟追行能力を欠く太郎に対し、禁治産宣告を得て、後見人あるいは後見監督人の選任を得て、訴訟手続きを追行すべきであるとするが、本件についてかかる手続をとることが、右婚姻無効確認訴訟においてまさに判断の対象となる婚姻の有効、無効をめぐる攻撃、防御そしてその判断自体を禁治産宣告申立手続きの中でも行なわなければならない事態となり、当事者に無用な負担をかけるばかりか、訴訟の遅延にもなる。それは一事再理といつてもよい。

2(一) さらに本件では、原決定のいうように禁治産宣告を得て、後見人あるいは後見監督人の選任を得るにしても、申立書でも述べたように、婚姻は無効であるから、被告の一人である申立外乙川春子を後見人あるいは後見監督人に選任することは出来ないので、申立人を後見人に選任して別に後見監督人を選任するか、右訴訟の当事者ではない者を後見人に選任するしかない。

(二) ところで、通常後見人あるいは後見監督人は、原決定が拠り所にしている最高裁判所昭和三三年七月二五日判決の趣旨からすると、禁治産者に近い親族の中から禁治産者の療養、看護にとつて経済的にも人格的にも最も最適と思慮される者がある場合は、その者を後見人あるいは後見監督人に選任すべきであることになるが、乙川太郎の場合、かかる者は申立人以外に存在しないとしか言いようがない。

(三) 即ち、右乙川太郎の尊属については未だ父親が健在ではあるが、現在満八三歳の高齢であるのに加え、宮崎市に在住しており、とても右乙川太郎の療養、看護をなしうる立場にない。

また、右乙川太郎の兄弟も五名存命であるが、いずれも異母兄弟であり、やはり宮崎市に在住するものがほとんどで右乙川太郎とは没交渉である。

3 従つて、右乙川太郎の場合、後見人あるいは後見監督人を選任するといつても、近親者から適任者を選ぶことは困難であり、特別代理人の選任の場合と同様に、近親関係のない中立的な例えば弁護士などを後見人等に選任することにならざるを得ない。

だとすれば、本件において後見人等を選任して訴訟追行するのと、民事訴訟法第五六条の類推適用によつて特別代理人を選任して本件訴訟を追行するのと、右乙川太郎の権利保護につき、いかなる差異があるであろうか。

むしろ、訴訟経済、当事者の利益を考慮すれば、右特別代理人の選任による手続きの方がはるかに合理的である。

4 前記の最高裁判所判例もかかる事情の場合についてまでも、一切民事訴訟法第五六条の類推適用による特別代理人の選任を否定したものとは解せないはずである。

三、以上のとおり、本件にはいわゆる「特段の事情」すらあるといえるので、原決定は民事訴訟法第五六条の解釈、適用を誤つたものと言わざるを得ず、その取消は免れないので、抗告の趣旨のとおりの裁判を得たく抗告する次第である。

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